『下総台地と人々の暮らしを辿るジオツアー』 (上)

 『下総台地と人々の暮らしを辿るジオツアー』 (上)

文化会館受付0155Ed2
  「銚子ジオパーク推進市民の会」(以後、市民の会と略称)は、秋の関東大会開催中のジオツアーに続いて、下総台地と利根川沿いをバスで巡るジオツアーを企画、銚子ジオパーク推進室(以後、推進室と略称)や多くの市民スタッフの協力を得て、5月29日に実施の運びとなりました。
 今年3月に、屏風ケ浦が国指定の名勝及び天然記念物に選ばれたことを受けて、今回は、猿田神社の替わりに屏風ケ浦をコースに加えました。
 実際には40名ほどの申し込みがありましたが、調達できた
バスの座席の都合で、参加受付数を33名に制限しました。図らずも参加展望館入口0162Edお断  <図1.文化会館前で参加を受付けるスタッフ>   りした皆様、ご免なさい。後にキャンセルが1名発生して、お客様32名、エリアによりスタッフ2~3名がバスに添乗しました。他のスタフ5名は、伴走車で随行しました。

 梅雨目前でしたが、日差しの眩しい朝に、ツアーは始まりました。 
 バスが最初に停まった愛宕山(銚子市天王台)と、その上に建つ「地球の丸く見える丘展望館」(以後、展望館と略称)のご案内は、市民の会ガイド2名が、順次、担当しま
展望館屋上0166Ed     <図2.愛宕山の展望館入口へ>    した。
 展望館の屋上からは、遠くまで、330度広域景観が望める筈でしたが、真っ白い靄(モヤ)が海面や川面から立ち上り、筑波嶺はお ろか、屏風ケ浦もおぼろ気です。朝9時20分でも22度あり、気温の急上昇に海面温度が追い付かず、温度差が大きいのでしょう。
 先ず、利根川から太平洋へ、時計回りに銚子の見どころをご紹介する”銚子自慢”、次いで、下総台地の海岸段丘を俯瞰してその成り立ちと利用状況をご説明しました。
 約10万年前以降に相次いで隆起した、隆起年代の異なる複数の
海岸段丘が、下総台地を形成しており、標高の異な     <図3.展望館屋上で”銚子自慢”>   
下総台地俯瞰Ed丘間の斜面には、古来からの照葉林帯残っています。
 同一の海岸段丘の中でも、谷筋には斜面が形成されます。地層が脆く、谷の水流が急な場合は、斜面の土砂を削って上流の地下水と合流する場合があり、”谷頭
(コクトウ)浸食”とばれます。下総台地は、樹枝状の谷頭侵食がよく発達しており、その部分が照葉樹林に覆われているため、屋上から俯瞰すると、不思議な景観を形作っているのがよく分かります。
 斜面以外は耕地として、海風の当たる温暖な東部ではキャベツが、冬に気温が下がる西部では大根が、栽培されていま
展望館2階展示0175Ed    <図4.海岸段丘と商用樹林帯    す。近年は、これらを栽培中の畑地に、風力発電のタワーが35基設置され、土地利用の効率化が図られています

 
屋上から降りて展望館2階に進み、そこに陳列されている、銚子産の化石や岩石をご紹介しました。
 古生代ペルム期(約2億7千万~
2億5千万年前)のフズリナを含む高神礫岩や、1億2千万年前の犬吠埼産の琥珀をご紹介すると、お客様は、岩石以上に強い関心を持たれました。
 長崎海岸(銚子半島東南端)の新生代新第三紀鮮新世(約
一等三角点と愛宕神社0179Ed
500万年前)の地      図5.2階_化石と岩石の展示>    ら発見されたメガロドンの歯の化石を、隣に陳列されている現生のホホジロザメの歯の化石と比べると、メガロドンの巨大さが想像できます。
 
 展望館を出て愛宕山の頂上に登り、「一等三角点高神村」の標識によって、下総台地一の高さを誇る?標高73.62mを確認します。隣には、玉垣を巡らした愛宕神社の石祠があります。ここは、「 火迺要慎(ヒノヨウジン)」のお札で知られる、江
日比友愛の碑0185Ed戸時代に盛えた      <図6.一等三角点と愛宕神社>     「愛宕講」を偲ばせる、火の神を祀っています。表通りのバス停から入る入口の左右にある大型の石灯籠は、愛宕山全体が愛宕神社の神域であることを表わしています。
 愛宕神社と向かい合う位置に大型の斜塔があり、足元の銘板には「日比友愛の碑」と記されています。これは、太平洋戦争時に連合軍との熾烈な戦闘でフィリピンが戦場となり、国民に多大な犠牲を出した日比両国が、恩讐を超えて世界平
日比友愛の碑0189Ed和を祈念すべく、
1958年
に設立され    <図7.日比友愛のモニュメント>   たもので、当時の岸信介首相の揮毫があります。斜塔は浄火の炎を表わし、斜塔の先端は、3,000km先のマヨン山(標高
2,463m
ルソン島)を指しています。
 マヨン山は、フィリピン海プレートの沈み込みで形成された活火山で、現在も活発に活動しており、「ルソン富士」と呼ばれる秀麗な山容で知られます。銚子半島が大きく太平洋に張り出しているために、高神愛宕山からマヨン山までは、
     <図8.日比友愛の碑の銘板>       洋上に遮るものもありませんが、地球が丸いために、お互いを目視することはできません。
 「日比友愛の碑」の銘板の左右には長崎海岸産の噴気孔の多い古銅輝石安山岩が、銘板上部の中央には犬吠埼産の砂岩が、碑の側面には愛宕山から伐り出した高神礫岩が、それぞれ、びっしりと埋め込まれ、「日本列島成立の謎を解く」銚子の岩石群をアピールしています。
 

  写
真提供 : 藤身 隆雄 銚子ジオパーク推進市民の会)
   文責写真編集 : 伊藤 小糸_HP&ブログ担当 (銚子ジオパーク推進市民の会)
 
                                《《  (中)に続く  》》 
 

春の山陰海岸ジオパーク訪問記

 春の山陰海岸ジオパーク訪問記

◎香住海岸の足跡化石_3282
<図1.ガイドブックを見ながらの足跡化石探し
右側の人が胸に刺しているのは日本水難救済会の「青い羽根」、香住の遊覧船の埠頭で募金

 
  3月31日、市民の会有志で「山陰海岸ジオパーク」を訪問し、ほぼ一日、事務局の今井さんに車で案内をして頂きました。

前日の午後4時過ぎに京都駅から福知山線に乗り、豊岡、城ノ崎を経て、香住駅に着いたのは午後8時少し前でした。

⑧三姉妹船長にインタビュー_3277Ed矢田川河口の民宿の部屋からは、眼前に香住湾の漁火が見えて、旅情を誘います。
 
民宿のご主人のお話では、自慢の岩風呂の岩は、先代とお二人で、
「湯村温泉」近くの岸田川の川岸から切り出して運ばれたものとか。
見事な岩を鑑賞しながら、豊富な湯量の湯舟に身を沈めました。
 
翌日、朝風呂に入った折に坪庭を見ると、花の直径が10cmを超える深紅の椿が満開でした。ロビーへ降りる階段の踊り場から見える山側には、梨の新芽が伸びていました。
<図2.「三姉妹船長」にインタビュー  香住は梨の名産地で、「二十世梨」の生産量は兵庫県内一位だそうです。梨栽培と民宿を兼業している農家もあるそうです。

⑥香住海岸クルーズ_海食洞_3264Ed

31日のジオツアーは朝一番が『香美町海の文化館』で、今井さんから、ジオだけでなく、ジオと人との関わりを中心にした解説を聞きました。

  10日前に春の漁を終えたばかりの松葉ガニ(ズワイガニ)は大陸棚の底引き網で獲り、一方、9月から5月まで解禁の香住ガニ(ベニズワイガニ)は深海にカニ籠を沈めて獲るそうです。カニ籠の底には、子ガニだけが出られる穴が開いており、資源保護に配慮しているようです。
②香住海岸クルーズ_流紋岩_3242Ed  但馬の山では、かつては棚田で鋤を引いていた但馬牛=黒毛和種の繁殖を専門に行い、子牛のうちに肥育  <図3五色洞門のエメラルド色の海
地に送り、これが松阪牛や神戸牛
になるそうです。
         
 次いで香住湾の遊覧船に乗り、春には珍しく鏡のように凪いだ湾に出ました。操舵とガイドは「三姉妹船長」。親子二代の三姉妹6人が交代で、三隻の船の船長をしているそうです。中学時代以来のガイド
  <図4.国指定天然記念物「鎧の袖」>  歴は40年、岩礁地帯で難しい操舵をこなしながらの見事なガイドぶ③香住海岸クルーズ_流紋岩_3243Ed 
です。
  洞窟に差し込む陽光次第で内側の海面の色が様々に変化する「五色洞門」や、縦横に走る亀裂が武士の鎧の草摺りに似ている「鎧の袖」
、頭に羽飾りを付けたアメリカ原住民の横顔にそっくりの「インディアン岩」(鷹の巣岩)など、海側からしか見えない珍しい岩が次々に現れるので、デッキや船内を忙しなく移動して、見逃すまいと必死になりました。
 特に「鎧の袖」は、約1千万年~3百万年前の火山活動によって成されたもので、マグマが急冷されてできた流紋岩質デイサイトと <図5遊覧船の甲板から「鎧の袖」を見る⑨香住海岸の足跡化石_3278Ed
凝灰岩より成る柱状節理や板状節理を、これに直交する15本の平行な亀裂が横切る様子が貴重で、国の天然記念物に指定されています。

    船を下り、先ほど海から見えた崖地に行くと、約2千万年前の、日本海になる直前の「古香住湖」の湖底の砂岩泥層に残された流痕化石がありました。
    下浜の海岸では、「古香住湖」周辺の砂泥層に残されたシカ・ゾウ・ツルの足跡化石を、ガイドブックを見ながら探しました。
    <図6.シカの足跡化石を確認> 
⑰青竜洞Zoomin1_3305Ed
 午後は豊岡に出て、円山川東岸の丘陵地に登り、『玄武洞公園』に行きました。ここは、玄武岩の名称由来の地であるとともに、「松山逆磁極期」として知られる地球の磁極反転を松山基範博士が発見した地でもあり、国の天然記念物に指定されています。
 ここで、約160万年前に噴出したマグマが急冷されてできた柱状節理を見学しました。5つの洞窟のうち、石切り場跡が洞窟になった「玄武洞」と、流れるような柱状節理が見事な「青龍洞」の2つを、公園のガイドさんに案内して頂きました。             <図7.青龍洞の柱状節理を案内するガイドさん
 
⑱コウノトリ公園_3310Edジオツアーの締めは、丸山川の護岸工事と農薬によって絶滅した、
コウノトリの復活に取り組む『コウノトリの郷』公園です。
ニジマスを給餌する時間に合わせて訪問したため、園の内外から数多くのコウノトリが集まっています。
 お零れにあずかろうと、アオサギやトビ、カラスまでも待ち構えています。
 傍らの『コウノトリ文化館』では、放鳥後の追跡状況を掲示しており、千葉県では野田と夷隅の田圃に飛来しています。
<図8.「コウノトリの郷公園」で給餌の準備>    追跡状況が掲示されている地図を見ていて気付いたのですが、銚子は豊岡のほぼ真東に位置しています。銚子までは、大柄なコウノトリとっては一っ飛びの距離かもしれません。農薬の流入しない湿地があれば、銚子にもコウノトリが来てくれるかも知れないと思いました。

            【謝辞】 山陰海岸ジオパーク今井様 : 図1~図8の写真について、
                         使用許可頂き、どうも、有難うございます。
           文責編集 :   HP&ブログ担当 in  銚子ジオパーク推進市民の会
 

小田原の地学教育サミットに参加しました (上)

 地質学会 関東支部 主催の『地学教育サミット』に参加しました (上)

高橋雅紀_聴衆Ed
<図1.高橋雅紀氏の講演を聞く参加者

北条早雲_伊勢盛時_銅像Ed 2015年3月15日、地質学会関東支部が主催する『地学教育サミット』
に、
銚子ジオパークから4名(推進室1名、「銚子ジオパーク推進市民の会」3名)が参加しました。推進室の山田さんは当日のパネリストとしての参加、市民の会は一般参加です。
 会場は「小田原市生涯学習センター」2Fホールで、会議は朝10時に開会し、夕方4時に終了しました。銚子からは、朝6時前に家を出て、帰宅は夜8時半過ぎでした。

小田原城Ed 
小田原駅西口を出ると、正面に
戦国時代東国の覇者=北条
雲の
    <図2.北条早雲像>             大型銅像があります。
 
駅前から北西方向に直進、「社会福祉センター前」の信号で、県道
74号に出て、北北西に進みます。
 
 城山の急な坂道を登りながら後ろを振り返ると、北条早雲が築いて明治に破却され、昭和に外形が再建された「小田原城」が朝日を浴びて聳えています。道路沿いには早咲きの河津桜が満開で、湘南の朝風
が香ります。                                               <図3.小田原城
生涯学習センターけやき裏手Ed 
小田原市役所南側の通りは見事なケヤキ並木で、市役所東隣の生涯学習センターの愛称は「けやき」だそうです。
 
  会場に着くと、既に席が殆ど埋まており、主催者側発表によると参加者は92名だったそうです。
 参加者の殆どが教育関係者というのも、日頃参加しているジオパークの会合との違いです。

◎高橋雅紀_4624Ed  <図4.生涯学習センターけやき>      午前は、産総研の高橋雅紀氏・早大の高木秀雄氏・日立市郷土博物館の田切美智雄氏の名が、30分ずつ講演し、分ずつ質疑に応答しました。

 高橋雅紀氏の演題は、『日本列島の成り立~大陸から弧列島
~』
で、数多くのスライドによるアニメーションに、いつも通り、密度の高い解説が付きました。

高木秀雄_4627Ed 日本海が形成される時、陸への   <図5.講演する高橋雅紀氏>   
付加体より成る列島の基盤を成す部分に、5億年前の大陸の地層が取り込まれた後、フィリピン海プレトの移動によって、東西日本が開き、フォッサマグナが形成される迄、の一連の流れです。
  講演の後、高橋雅紀氏は、当日午後に開催される「日本地学オリンピック とっぷ・レクチャー」のため、急いで筑波へ戻られました。

  高木秀雄氏の演は、ジオパークとそ教育活用』す。
     <図6.講演する高木秀雄氏>          ジオパーク重要なのは”人のネットワークづくり”で、ジオパー
高木NetworkEd
教育では、活動の類型別に段階があり、①講義・講演・野外学習、②商品開発・地域調査、③社会参画
ガイド活動、
といった3つのステップを踏んで、進んでゆくことを示されました。
 この段階的な方法論は、銚子
ジオパークにとっても大変示唆に富むものです。

とかち鹿追ジオパークでは、2012~2014年度に、文部省の研究開発学校の指定を受けた小学5・中学2・高校1校が、独自の教科書『新 地球学』を独自に作成・使用して、持続可能な開発や防災について学んでいるそうです。                      <図7.人のネットワークづくり>    
 
カンブリア紀層の郷土日立_P1090656Ed田切美智雄氏の演題は、『茨城県北ジオパーク日立ジオサイトでのジオパーク教育とねらい』です。 
 茨城大名誉教授で、現在は日立市郷土博物館の特別専門員をされている田切は、パンフレット『日本最古のカンブリア紀層の郷土日立』を編纂されました。
このパンフレットは日立市教育委員会の発行で、当日、会場でも販売されました。
 帰宅してから開いてみると、ペ-ジ毎に、よく考えられた構成で、大変素晴らしい出来栄えです。   <図8.日立市 <図8.日立市教育委員会のパンフレット>       田切氏は、2008~2010年に、研究チームを率いて、日立市~
常陸太田市で、5億年以上前のカンブリア紀の地層を発見された、ご当人です。そのことが、このパンフレットを読む人に、感銘を与える理由でもあります。  
地震波伝播装置_4644Ed
 日立市では、博物館が小中学校の地層観察などの理科授業を行う他、日立製作所のOBが指導する「日立理科クラブ」も
、物理・数学・化学分野の
博士号を持つ方たちが学習支援をしており、今後は地学分野も対象にする方向だそうです。

 昼休みには、
田切氏が考案された「地震波伝播実験装置」
を使って、他地域の人々に交じり、銚子からのスタッフも実験に参加しました。
 この装置は、どこでも手に入る安価な材料を使いながら、
P波(縦波:リングの
揺れの方向に伝播する粗密)とS波    <図9.地震波伝播実験装置と田切美智雄氏
(横波:ペット・ボトルの揺れの方向と直角に伝播する捩れ波の違いがよく理解できるようになっています。
  
         

        【謝辞】 地学教育サミット事務局殿 : 図1&図5&図6&図9の
写真について、使用
                                 
許可頂き、どうも、有難うございます。
            高橋雅紀先生 : 図5の写真について、使用許可頂き、どうも、
                        有難うございます。 
                           
高木秀雄先生 : 図6&図7の写真について、使用許可頂き、どうも、
                        有難うございます。 

     
図7&図8の写真提供 : 山田 雅仁氏 in 銚子ジオパーク推進室 
   文責&上記以外の写真提供&編集 :   HP&ブログ担当 in  銚子ジオパーク推進市民の会

                                       (下)に続く

 
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