青空の下、「東海岸・岩礁地帯の見学会」(その2)

ByobuDaichiUe20111210 (5)長崎鼻では、干潮時には徒歩で行ける浅い海中に、大宝満・小宝満が望めます。今日は島へ渡れず、噴出した古銅輝石安山岩による、夫婦ヶ鼻層への貫入や巻き込みは、見ることができません。ふと気付けば、遠くに刑部岬が見えます。
 (6)長崎海岸では、周辺から採取したと思しき、黒くて丸い礫岩が、民家の垣根に使われている様子を観察。

 (8)大谷津では、先ず、下総台地の頂上に上り、犬若岬から刑部岬までの海食崖を観察。今は海中に没した佐貫城と、そこに逗留したと伝わる義経や、城主・片岡常春、奥州・衣川に散った弟・為春の命運に思いを巡らせ、渡る海風も「諸行無常」と吹くように思いました。

 次に、海岸の、テトラに近いコンクリート上に降りました。ここに来ると、日頃見慣れている名洗遊歩道からの名洗層を中心とした屏風ヶ浦とは異なり、飯岡層が中心になります。青灰色を帯びた泥質凝灰岩から成る飯岡層が、上部の香取層との境界から流れ落ちる湧水によって、白く輝いています。風化の激しい香取層は、屹立する飯岡層の崖面に流れ出して、随所でそこを覆っています。ここでは未だ飯岡層の下に名洗層も露頭しており、犬吠層群の3層すべてと関東ローム層が同時に観察できます。
 帰りがけに、飯岡層の上面からの清冽な湧水を、何度も確認しました。

 天候にも祝福されて、メンバーの誰もが市民レベルでの成功感を味わった、素晴らしい見学会は、午後3時で終了。
 休日に、ご家族づれで参加され、いろいろと教えて下さった、安藤先生に感謝いたします。

青空の下、「東海岸・岩礁地帯の見学会」(その1)

 昨日までとは打って変わって好天に恵まれた12月10日、『安藤先生の解説付き、東海岸・岩礁地帯の見学会』が開催されました。
 銚子ジオパーク市民の会のメンバーとご家族が参加、20余名が千葉科学大のバスに乗って、銚子半島の東海岸へ。コースは以下のとおり:

KurohaeTonbiiwa20111210  (1)夫婦ヶ鼻層、
 (2)黒生チャートの探索、
 (3)とんび岩周辺の海鹿島礫岩、
 (4)黒生漁港の古銅輝石安山岩、
 (5)長崎鼻で宝満島を望む、
 (6)長崎海岸の礫岩、
 (7)波止山を望む、
 (8)大谷津の犬吠層群、
 (9)愛宕山で高神礫岩の探索。


 圧巻は(2)の黒生チャートの再発見。全員で、高さ2m近い八丈芒の群落の中を、掻き分けつつ探索すること20分余り。地形に強いメンバーが、遂に、うっすらと青緑色に光る珪酸質の岩体を発見。メンバー達は感動して、シャッター音が続きます。
 (3)の海鹿島礫岩に含まれるチャートの中に、(2)とは異なる赤い礫を確認。

 (4)黒生漁港の突堤の先に、夫婦ヶ鼻層に噴出した古銅輝石安山岩の、「板状節理」を成す、ゴツゴツした黒い岩体が続きます。突堤伝いに、これらの岩の上に降りることができます。(4)の岩体は、同じ第三紀中新世とはいえ、(5)宝満島よりも後の時代、日本海の拡大期のものだそうです。黒生での火山活動は、余程激しいものだったように見えます。

 黒生チャートの上に建つと評判のペンションで、1時間の昼食タイム。ビーフカレーも食後のコーヒーも美味しくて、満足。

 古銅輝石安山岩からの連想で、昼食中に思い出したのが、鉄平石のこと。よく似ているのです。子供の頃、和風の家を新築する人は、玄関の内外のポーチに鉄平石を敷くことをステータスにしており、それが安山岩だとは広く知られていました。序でに、Wikipediaに当ってみると以下のとおり:

 「鉄平石は、長野県の諏訪地方・佐久地方に広く分布する輝石安山岩の板状節理がよく発達したもの。およそ2,500万年前の火山活動によって形成されていると推測されている。板状に剥がれやすい性質を持ち、2~3cm内外の厚さに剥離された鉄平石は、建築用の内装外装用石材として広く利用されている。」

 平塚市博物館の解説によると、「諏訪鉄平石は更新世の複輝石安山岩、佐久鉄平石は中新世の輝石安山岩で、佐久石は中新世後期の複輝石安山岩質溶結凝灰岩」だそうです。黒生と比較した場合、成分的に似ているのは諏訪鉄平石で、時代的に近いのは佐久鉄平石です。
 
 南極大陸が氷に覆われていなかった中生代、ジュラ紀の火山活動を代表する熔岩として有名な鉄平石ひとつ取っても、一筋縄では行かないことだけは分かりました。それに、Wikipediaの解説がチョット微妙なことも・・・

DVD鑑賞(11月3日の続き)

 2組に分かれて乗船したため、先に下船したチームは、他のチームの到着を待つため、千葉科学大の講義棟で、DVDを鑑賞しました。
 内容は、2004年4月から11月にかけて放送された『NHKスペシャル・地球大進化』の第4巻『大量絶滅 巨大噴火が哺乳類を生んだ』。

 キャプションによると、「地上の楽園…。その豊かな生態系を壊したのは、大陸がある配置になったときに引き起こされる、スーパープルームと呼ばれる大爆発でした。溶岩の量は、富士山が過去1万年で噴出した10万倍以上の量。そしてなんと、動植物を含む、地球上の95%以上の生命が絶滅したのです。その後、私たちの祖先に起きた進化とは…?」
 「2億5000万年前、かつてない大爆発の原因とは?そして、なぜ恐竜が繁栄できたのか、なぜ私たちの祖先が胎生へと向かうことができたのか?それは、温暖化と二酸化炭素増大による「低酸素時代」の賜物だったのです…。」

 目次によると、「▽哺乳類型爬虫類の時代:2億5400万年前、▽巨大噴火:2億5000万年前、▽地球変動の真犯人、メタンハイドレート、▽大量絶滅事件後の低酸素時代、▽恐竜の出現:ジュラ紀後期:1億5000万年前、▽なぜ恐竜は繁栄したか、▽低酸素時代を生き抜いた人類の祖先、▽脳を進化させた人類」

 「超大陸であるパンゲア大陸の形成が、スーパープルームを引き起こしたとされる。2億5000万年前にはシベリアにスーパープルーム(直径1,000km)が発達し、大火山噴火を起こし、二酸化炭素を多量に放出し、シベリア洪水玄武岩は厚い石炭層の上を覆った。地下の石炭は高温により分解してメタンガス(二酸化炭素よりも強い温室効果ガス)や二酸化炭素となって空中に放出された可能性があり、これらの温室効果ガスで温暖化した。」

MethanehydrateMitsuiZosen
 「さらに海中のメタンハイドレートが溶け始め、メタンと酸素が結びつき、酸素濃度は30%から10%に激変し、この状態が1億年も続くこととなる。 またこのスーパープルームは超大陸の分裂のきっかけにもなっている。このとき生物は95%が絶滅したようで、この期間の化石は滅多に発見されない。」右写真は「燃える氷」ともいわれるメタンハイドレート(三井造船提供)。

 三畳紀の終わる2億年前までに滅びたとされる原始的魚類化石コノドントが、1億5000万年前のジュラ紀の付加体である黒生チャートから発見されています。黒生チャートは、三畳紀の深海底にあったのですね。

 「繁栄を誇った獣弓類の大半は三畳紀に絶滅したが、キノドン類だけはジュラ紀まで生き残った。そしてこのグループから最初の哺乳類が登場する。石炭紀の盤竜類に始まる哺乳類型爬虫類の長い歴史はキノドン類で終わりを迎えたが、絶滅の前に最初の哺乳類を産み出していた。」

 NHKが制作したCGのキノドンは、我が家の庭への歓迎されざる訪問者=アナグマにそっくりでした。穴居生活というのも似ています。

  「1億5000万年前、低酸素濃度時代を生き延びた生物の中から恐竜が出現、巨大化し地上に君臨した。恐竜は進化の過程で、肋骨の内部に特殊な呼吸器官があり、吸気と呼気の器官が違い、効率よく酸素を取り込むことができた。」

 「恐竜時代は、6,500万年前に巨大隕石の衝突により終焉した。ユカタン半島に落下した隕石は、直径約1kmで、厚さ30kmの地殻を突き破り、マントルまで到達し、塵・ガスが地球規模に広がり、地球の気候は激変し、植物は対応できず、食物連鎖により大型恐竜は生命を維持できず、絶滅に至った。」

 「哺乳類は、この大規模な環境変化を乗り切って登場。恐竜時代を細々と生き延びた哺乳類は、夜行性で、穴居生活をし、環境変化の影響を受けにくかった。哺乳類は、体温を一定に保ち、子供を授乳で育てるため、気温の変化に左右されずに子孫を残すことができ、新しい環境への適応も早かった。」
 

 「恐竜にとって、前回の低酸素時代に抜きん出た長所だった肋骨が、下腹部にまで発達し、寒冷化の時代に、授乳型への転換ができなかった」という解説もしていました。何か、示唆に富む話ですね。


  マスター・コースの授業内容とフィットし、問題点の確認に役立つDVDでした。有難うございます。 

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