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■ 下仁田 JGN関東大会 進み、(中)
                                  ≪ (上)からの続き ≫

2日目は、大会オプションとなっているジオツアーの開始までに間があったので、自分が選択したジオツアーに含まれない町中のジオサイト=「青岩公園」と「跡倉クリッペの滑り面」を、下仁田-銚子
間を往復する車に同乗した市民の会のスタッフ達と共に見学しました。

⑪青石公園(3)Ed2 
下仁田の駅前通りを西に進み、最初の信号を左折、県道45号を南進し、牧口橋で西牧(サイモク)川を渡り新合之瀬(シンアイノセ)橋で南牧(ナンモク)川を渡ります。
 青岩公園は、西牧川と南牧川が合流した鏑(カブラ)川の中の小島にあります。新合之瀬橋の袂から、ポケット・パークを通り、遊歩道になった小橋を渡ると、岩場に着きます。
 御荷鉾(ミカブ緑色岩の青緑色が印象的です。岩の名前は、神流(カンナ)町(群馬県多野郡)の御荷鉾(ミカボ)山に由来し
     図3.青岩公園の緑色岩      ます。
 この岩は中生代ジュラ紀に付加体となった溶岩やその破に由来し、白亜紀後期に、「三波川帯」的な低温高圧型の変性を弱めに受けた緑色岩です。
 2年前の全国大会の地=南アルプスGPでは、「夕立神(ユウダチカミ)展望台に登り、青岩公園と同質の岩の上に立ち、約2億年前に太平洋の海底に噴出した玄武岩由来の御荷鉾(ミカブ海台が辿った大陸縁までの旅程想像したことを思い出しました。

⑫クリッペEd2 次の見学地へは、再び新合之瀬橋を渡り、県道45号に戻って南牧川の北岸を進みます。途中、大きく左カーブして県道
172号に乗り、
南牧川を渡って、「跡倉層」と呼ばれる白亜紀の砂岩で出来た大崩(オオグイ)の西麓を青倉川に沿って登ります。
 「下仁田自然史館」の前に車を停めて道路を渡ると、下仁田GPが建てた跡倉クリッペのジオサイト標識があり、ここから青倉川への小道を降りて行きます。
 跡倉では、青倉川の中を飛び石伝いに進み、川の中から対岸      図4.跡倉のクリッペ      
を眺めると、緑色岩と、それに低角で載るクリッペとの境断層がありました。
 クリッペには樹木が覆い被さり、岩の視認性が低下していました。
 それでも、上盤の「跡倉層」の滑り面に出来た条線や、下盤の緑色岩の破砕帯が一部に黒っぽい蛇紋岩を含む様子は、何とか確認することが出来ました。          

ジオツアーは先ず荒船山に向かいます。下仁田の駅前通りを西に進み、最初の信号を今回は右折、県道45号を北進すると、国道254号に出て西進します。「荒船の湯」付近から県道44号に入ります。目的地は「荒船風穴」で、狭い急カーブが続きます。このアプローチのために参加者は、バスではなく、駅前から複数のタクシーに分乗しました。

⑤風穴(1)Ed2山(標高1,423m)は、新第三紀中新世(約700万年前)の噴火活動で形成された直径10kmのカルデラで、浸食に強い安山岩溶岩が盾状に残って聳えています。ここの艫(トモ)岩に食い込む「昇天の氷柱」はアルパイン・クライミング有名です。
 荒風穴はの中腹(標高840m)にあり、流動性に富む安山岩質の角礫岩の崩落が形成した、分厚い(最大厚さ20m)崖錐堆積物の隙間から冷気が噴き出します。
      図5.荒船の風穴        冬場に外気で岩塊が冷やされて凍土が出来、春に雪解け水が供給されると隙間に氷が成長し、夏場には凍土とが溶けながら冷気を生み出しているそうです。
 崖錐堆積物の末端に石垣を組み、蚕種(蚕の卵)の冷蔵庫として孵化時期の調整に活用したことが分ります。その結果、従来は春だけしか出来なかった養蚕を、夏から秋にかけても可能にし、生糸生産量が飛躍的に増大しました。
 この貯蔵施設は、地元の養蚕家=庭屋静太郎1905年に構築し、風穴の入り口には番人を置いていたそうです。最盛期には蚕種が付いた紙70万枚を貯蔵し、全国一の規模で事業展開していました。
 大自然の妙だけでなく、それに気付いて産業にまで発展させた、明治人の心意気に脱帽するばかりですが、2014年、「富岡製糸場と絹産業遺産群の一つとして世界遺産に指定され、保護されています。

 ジオツアーの2番目の訪問地は
「神津牧場」です。同じ県道44号を更に登ります。道は更に狭く、ヘアピン・カーブを何度も繰り返し、牧場に近づきます。
 牧場は、山と同じ新第三紀の安山岩から成る物見山(標高1,375mの東斜面(標高1,000m)にあり、神津邦太郎が開いた日本最初(1887年創業)の洋式牧場、ジャージー牛と資源循環型の牧場経営で有名です。
 山を登るにつれて霧が深くなり、期待された景色はおろか、直前の車もやっと見えるくらいの濃霧に包まれました。
 この山に馴れている人達は、「霧の中の幻想的な牧場もいいものだ」と会話していましたが、そこかしこに見られる立ち枯れたアザミの花に、夏の山の美しさを思いました。
 もうじき今年の営業を終える「牧場広場」の売店では、念願のジャージー牛乳のソフトクリームを食べたり、バターや種類の豊富なチーズを買い求めたりしました。

 山を降りて、鏑川にほど近い下仁田駅前に戻り、大正元年創業の割烹旅館「常盤館」で昼食になりました。
 ここは、下仁田街道(別名:姫街道)沿いの商人宿で、木材・ネギ・コンニャクなどを買い付ける人々で賑ったようで、当時の面影を残す内装に心を惹かれました。
 昭和初期には、銚子にも所縁のある画家の竹久夢二も逗留したそうです。
 食事は、皿数も多く、満足の行く美味しさでした。ここまでで、ジオツアーは終わりです。


                                     ≪ (下)に続く ≫

     文責画像処理: 銚子ジオパーク推進市民の会(伊藤 小糸
     画像提供 : 銚子ジオパーク推進市民の会(房州 文子