付加体

「2012市民の会総会」と「一周年記念講演会」(その2)

Raihin_Nohira&Amano&Gakucho-001 引き続き、午後2時からは、「一周年記念講演会」が開催されました。
 講演会に先だって、野平銚子市長と千葉科学大学の赤木学長から来賓挨拶があり、次いで、千葉科学大学の安藤准教授から、本日の講師:茨城大学理学部の天野教授の紹介がありました。右写真は、左から野平市長、天野教授、赤城学長。

AmanoBig0414-001 天野教授の講演(左写真)では、茨城の県北に位置する広大なエリアを対象にしたジオパークを、どのように構想し、認定に向けて如何に推進活動を行い、また認定後はどのように活動を展開・継承しているかについて、語られました。

 カラフルなスライドを多用しての解りやすい講演で、講演会参加者も、「茨城県北ジオパーク」についての認識だけでなく、銚子でジオパーク推進活動を行うにあたり、多くの示唆を受けました。
KenpokuGeoKosoOrg0414-003
 右写真は「茨城県北ジオパーク」 推進協議会の構成:
 組織内では、茨城大学の学生が、自主的にHPを運営しつつ、中心的な活動を展開し、地域住民との連携活動を通じて培った経験が、学生の就活にも役立ったそうです。
 また、市民が自主的にジオツアーを企画し、その活動の輪が広がっていることも、ここのジオパークの特徴だそうです。

KenpokuGeoKoso0414-001 左写真は「茨城
県北ジオパーク」の構想(図上の色分けは地質時代区分に準拠、赤は古生代、水色は中生代、黄色は新第三期までの新生代): 特産のリンゴをイメージしたマスコット・キャラクターで案内します。
 
 右下写真は「茨城県北ジオパーク」のジオサイト・マップと各ジオサイトの特徴:  特筆すべきサイトには、 
 ①古生代カンブリア紀(約5億年前)の地層=日立鉱山
   (銅の産出量が明治期は日本一で日本の工業化を支えた) 、
 ②中生代ジュラ紀の付加体=八溝山地、
ChishituKankoMap0414-001 ③中生代白亜紀のアンモナイト産出=平磯海岸、
 ④新生代中新世の海底火山=袋田の滝、
 ⑤新生代中新世に由来のリアス式海岸=五浦の海食台
   の天心の六角堂、
などがあるそうです。
 五浦の海食台に は、”ガス・ハイドレートの化石”としての”炭酸塩ノジュール”を含む奇岩が多く、この風景に、岡倉天心(近代日本画改革運動の推進者)は惹かれたと言われています。
 また、ジオパークの認定には、地質遺産だけでなく、考古学的・歴史的・文化的な遺産についても、存在の訴求が必要になるそうです。
Senbako0414-003
 「3.11」では、五浦の六角堂が津波で流出しただけでなく、かつては海だった千波湖の周囲を埋め立てた地域(左写真)で大規模な液状化が発生し、湖岸の水戸市役所も傾斜したまま、未だに復旧していないそうです。
 ジオパークでは、地域住民が、居住地周辺の地形・地盤への理解を深め、予め災害対策を立てることも活動の一環にすることが重要、と語られました。

月例見学会第3回_犬岩・千騎ケ岩・愛宕山(その2)

 前項(2)と(6)では、付加体成立よりもはるか後世における正断層発生後の、波浪浸蝕や風化に弱い泥岩部分の欠落による、海食洞千騎ケ岩空洞の成立をご説明。今日は波が荒く、海食洞を覗き込むと、打ち寄せる波に足元を掬われそうでした。海食洞には、陸側から投棄されたゴミが溜まっており、清掃が課題となりました。

  千騎ケ岩を特徴づけて いた留鳥としてのウミウは、 道路工事で立ち去った模様で、今は渡り鳥しか確認できません。ウミウに限らず、今年は、全国的に留鳥が激減しているというメジャーな情報があり、「放射能のせいでは?」とも囁かれています。

 
  前項(4)と(5)では、ここからスタートし屏風ヶ浦の名洗漁港を越えて大谷津辺りまで続く、火砕流火山灰に由来する名洗層をご説明。北風を遮る崖下には、ヒゲスゲ(左下写真)が開花中、イソギクも新葉を展開しています。この何れも、黒潮で運ばれた暖流性植物で、銚子が北限です。

HigesugeEd0324
 前項(9)では、海洋底の移動により、ジュラ紀(1.5億年前)に付加体が形成された際に、メランジュ状に破砕された海洋底由来の高神礫岩が、陸源性の硬砂岩泥岩内の随所に認められます。しかも、多くの高神礫岩中に、様々な形状のフズリナ(紡錘虫:ペルム期(古生代)の示準化石で約2.5億年前に絶滅)が認められます。
 また、高神礫岩中に含まれる花崗岩礫は、暗灰色の「角閃石黒雲母花崗閃緑岩」や白っぽいトーナル岩などから成り、磁鉄鉱を含み、K-Ar法で分析した結果、角閃石で2.7億年前、黒雲母で2.55億年前と判明しています。
 古生代の南半球に誕生した、日本列島を構成する部品としての地塊が、北半球の現在に近い位置まで、中生代に移動した様子に思いを馳せました。

 高神愛宕山の「地球が丸く見える展望館」の入り口左右には丈の高い「石灯籠」があり、建物左手には、「一等三角点」と、その奥に、石造の「愛宕神社」があります。明治25(1892)年設立の一等三角点「高神村」には 北緯 35°42’11”0300、東経140°51′24″4078、標高73.62mと表示されており、ここが銚子の中心。江戸期までは標高が80m以上あったという説があり、お客様と話に花が咲きました。

 今日は、雨雲が低く垂れ込め、展望館の屋上もお勧めではありませんでしたが、「日比友愛の碑」から見える水平線の向こう側には、フィリピンのマヨン火山(通称:ルソン富士)が、銚子との間に障害物もなく聳えているとのことです。今も噴煙を上げる活火山で、火砕流と溶岩流の繰り返しによって形成され、ほぼ完璧な円錐形をしていることから、“美しい”を意味する“マヨン”の名前が付けられ、かつて、日系人移民の間では、「富士山よりも美しい」と称えられた山容を持つそうです。
 戦火に散った日比両国の兵士や市民のことを、何時までも忘れないために、高神愛宕山の地が選ばれたのだそうです。

 お客様とガイドは、この碑の手前にあるアーチが、「3.11」や最近の震度5強の地震にもヒビ割れ一つないことに感心し、ジュラ紀の岩盤の硬さを称賛して、雨脚も強まる中、今日の観察会を終えました。

『日本ジオパーク秩父会議』参加報告

ChichibuKanban 『日本ジオパーク秩父会議』に行ってきました。日程と内容は以下の通りです。右写真は『ジオパーク秩父』の看板。

2月15日(水)記念講演
 (1) 「ジオツーリズムと地域活性化」佐藤喜子光氏(NPO法人地域力創造研究所)。
 (2) 「ジオパークの楽しみ方」渡辺真人氏(産総研)。
 佐藤氏:「地域らしさを活かした”おもてなし観光”による地域活性化」。
 渡辺氏:「日本列島に住むという事を考えると、災害と自然の恵みは一体。どうやって自然と関わって人が暮してきたか。ジオの説明でも、人が関わるとストーリーが膨らみます。」

2月16日(木) 事例報告とグループ・ディスカッション
 (1) 午前 :事例報告:島原糸魚川。両地域とも、ジオパーク認定後は観光客が増えているそうです。
 (2) 午後 : グループ・ディスカッション。テーマ「ジオパークと地域活性化」。
 「ジオパークで大切なのはジオツァー、ジオツァーで大切なのはガイド養成」と、話が進みましたが、他の地域はガイド養成に苦労しているようです。 

Nagatoro  銚子は、千葉科学大で安藤先生・坂本先生がガイド養成につながる講座を開いてくれています。これは、他地域に比べると本当に恵まれていると思いました・・・・・感謝。

2月17日(金)ジオツァー(午前中3時間)「宮沢賢治:青春の旅」 宮沢賢治は、盛岡高等農林学校時代、秩父を訪れ「地質調査」を行いました。賢治が訪れた場所を巡るジオツァーです。
 写真左は賢治も見た、秩父・長瀞の岩畳で、国の『特別天然記念物』に指定されています。長瀞は、三波川帯変成岩が露出し、岩畳や変形小構造が見られ、『日本地質100選』に選ばれたジオスポットです。

HumeinoIwa
 写真右は長瀞上流のポットホール。ポットホールは、かつて岩畳が荒川の川底だった時代に、奥秩父から流れてきて窪みなどに残されたチャートなどの硬い転石が、川の流れで回転することで徐々に、比較的柔らかい岩畳を削って、転石の周辺に穴ができる現象です。奥秩父の尖った山容の山々は、ジュラ紀の付加体で、秩父帯と呼ばれます。

 秩父は、約170万年前より隆起をはじめ、3段の河岸段丘が出来た盆地です。地質的に見所の多いところで、新第三系の秩父町層が露出する巨大な崖「ようばけ」も、『日本地質100選』に選ばれました。
 バスの中で地質の説明が多く、正直言って疲れました。

 ジオツァー最後の大田で、3段の段丘面の土地利用の話をしてくれました。
 大田という処は、秩父の町と同じく、下位の段丘のところにあり、「水が得られ、水田を作り、生活は豊かなところです。」「嫁に行くなら大田か蒔田」と言われていました。また、経済的に余裕があることにより、昔から、教育を受けた人が多かったようです。
 高位の段丘面での生活は、水が得られず、養蚕農家が多く、経済的には恵まれていなかったようです。「明治の『秩父事件』の時は、下位段丘の生活者には一揆参加者は少なく、高位段丘の生活者が多かった。」という、歴史・人間がらみの話をしてくれました。
 講演者・渡辺さんの話ではないですが、ジオツァーも人間が見えてくると、また違った楽しみも増えるようです。 

フリッパー号で屏風ヶ浦クルーズ(その1)

P1150890-001 今日、11月3日(文化の日)は、千葉科学大学で行われていた「銚子ジオパーク市民講座マスター・コース」の卒業式。その前に、銚子海洋研究所のフリッパー号に乗っての「屏風ヶ浦クルーズ」が、卒業前のイベント。 

 
朝から泣き出しそうな空だったのが、午後にはなんとか持ち直したので、2回に分けて、無事に乗船。乗客は、市民講座の受講生+学生さん。波が荒いと聞いていたので、お店で乗り物酔い止めのドリンクを飲んでおきました。市民は1回だけですが、安藤先生は、解説のために2回とも乗船で、お疲れだったことでしょう。

P1150872_senngaiwa
 フリッパー号は、7月~10月の「沿岸クジラ・ウォッチング」の季節が終わり、11月~12月は、「沖合クジラ・ウォッチング」の季節に入りました。
 今日の波高は1mだそうですが、船の揺れること。船内を歩くのに、ものに掴まらずにはいられません。
 乗船して程なく、数人のメンバーと舳先(ヘサキ)、そして艫(トモ)へ移動。船は、義経の郎党千人が潜んでいたという伝説のある、ジュラ紀の付加体千騎ヶ岩の後ろ姿(右の写真)と、主君を慕って七日七晩泣き続けた若丸伝説のある、耳が可愛い、こちらもジュラ紀の付加体犬岩の後ろ姿(左上の写真)を見ながら、屏風ヶ浦へ向かいます。

livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
最新コメント
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
livedoor 天気
  • ライブドアブログ