板状節理

大潮の日に宝満で有志観察会(その1)

潮の干満情報に強いスタッフのBさんから、「05/07~05/09 の3日間は、1年間に何度もない昼間の大潮、気候も良いので、日頃は遠望するだけだった長崎海岸沖(酉明浦)の宝満に行こう」と提案があり、平日ながら5月8日に急遽、「市民の会」のスタッフ10 名が参加しました。
 Bさんは、1991年の今の季節に、千葉県立中央博物館の館員の案内で、 長崎鼻~酉明浦を回ったことがあるそうです。

 干潮は11:30なので、長崎海岸にあるお店の駐車場に10:00 集合。直ぐに、磯歩きに向いた足拵えに変えました。長靴組の他に、ビーチ・サンダルや、クロックス・タイプの穴あき靴の人もいました。 
 
DSC01382[1]  潮が引いても、宝満までの距離は近くならないので、 礫漠(岩石沙漠の一種)にも似た転石の海岸を、延々と歩いて行きます。 美味しそうなノゲノリがびっしり付いた岩や、不味そうなカジメの付いた岩を横目に、海藻の付いていない岩を選び、どぎつい配色のヒトデ達にも挨拶しつつ、時々滑りそうになりながら歩くこと40分、やっと、大宝満の岩塊に辿り着きました(右写真)。
 写真をクリックすると、拡大し、普段は海面下にある、様々なタイプの礫が、よく見えます。 宝満の上部が白く見えるのは、ウミウの糞によります。

 西の陸に近い側の崖は、下部が白っぽい海成岩から成る夫婦ヶ鼻層、上部を覆うのは、黒っぽい溶岩の玄武岩~安山岩です。
 ポートタワー下の夫婦ヶ鼻層は、如何にも 凝灰岩らしく、全体が黄色味を帯び、一部が緑がかっている地層ですが、ここの凝灰岩は、違っています。21年前の報告には、宝満の海成岩も、「黄色味を帯びた凝灰岩、新鮮な部分は緑灰色」とありますので、その後の経年変化によるものでしょうか?  

DSC01383ed 少し上に登ると、岩の隙間に、ハマボッスが数箇所で肉厚の葉を広げ、ソナレムグラも 2ヶ所ほどで育っていました。岩の窪みには、ウミウの糞が真っ白に分厚く積もっています。
 ハマボッスやソナレムグラ は、特に燐酸肥料を好む植物なのでしょうか?

 岩伝いに東の海側を目指します(左写真)。干潮とはいえ、波が荒く、太平洋に突き出した磯の、低い位置にある岩には、危険で近づくことができません。 
 逆に、高いところを目指しました。 高い部分はゴツゴツした黒い岩体です。ここでは、古銅輝石安山岩が、溶岩流の冷却時のヒビ割れによって、「板状節理」を成しています  

 安山岩に含まれる無数の古銅輝石 含鉄頑火輝石 が、午前の太陽を浴びて、緑色にキラキラと輝いているのを、皆で確認しました。
 この岩には、溶岩の噴出時に、急激な圧力低下による内部のガスの膨張で、ガスが気泡となって通り抜けた、細かな穴が無数に開いています。

DSC01378[1] 
古銅輝石安山岩は、水を含んだマントルのカンラン (Mg, Fe)2SiO4  地下20km溶融し、珪酸塩を多く含み、マグネシウムの多いマグマとなって、浅い海中ないし地上に噴出したもの、と言われています。
  この浅い地下低圧な条件下で、プルームの上昇、ないし、ホットプレートの沈み込みによる加熱があって初めて、古銅輝石安山岩の噴出が起こると言われ、他では滅多に見られない貴重なものです。左上写真をクリックすると、拡大し、岩の様子がよく分かります。 

 大
宝満の一番高い部分に皆で登り、『市民の会・宝満初登頂』を記念して、「はい、ポーズ!」(右上の写真)撮影の方、お世話様です。不安定な岩の上ながら、無風に恵まれ、日差しも強過ぎない、この季節ならではの、快適な観察会です。この後は、小宝満へ。

青空の下、「東海岸・岩礁地帯の見学会」(その1)

 昨日までとは打って変わって好天に恵まれた12月10日、『安藤先生の解説付き、東海岸・岩礁地帯の見学会』が開催されました。
 銚子ジオパーク市民の会のメンバーとご家族が参加、20余名が千葉科学大のバスに乗って、銚子半島の東海岸へ。コースは以下のとおり:

KurohaeTonbiiwa20111210  (1)夫婦ヶ鼻層、
 (2)黒生チャートの探索、
 (3)とんび岩周辺の海鹿島礫岩、
 (4)黒生漁港の古銅輝石安山岩、
 (5)長崎鼻で宝満島を望む、
 (6)長崎海岸の礫岩、
 (7)波止山を望む、
 (8)大谷津の犬吠層群、
 (9)愛宕山で高神礫岩の探索。


 圧巻は(2)の黒生チャートの再発見。全員で、高さ2m近い八丈芒の群落の中を、掻き分けつつ探索すること20分余り。地形に強いメンバーが、遂に、うっすらと青緑色に光る珪酸質の岩体を発見。メンバー達は感動して、シャッター音が続きます。
 (3)の海鹿島礫岩に含まれるチャートの中に、(2)とは異なる赤い礫を確認。

 (4)黒生漁港の突堤の先に、夫婦ヶ鼻層に噴出した古銅輝石安山岩の、「板状節理」を成す、ゴツゴツした黒い岩体が続きます。突堤伝いに、これらの岩の上に降りることができます。(4)の岩体は、同じ第三紀中新世とはいえ、(5)宝満島よりも後の時代、日本海の拡大期のものだそうです。黒生での火山活動は、余程激しいものだったように見えます。

 黒生チャートの上に建つと評判のペンションで、1時間の昼食タイム。ビーフカレーも食後のコーヒーも美味しくて、満足。

 古銅輝石安山岩からの連想で、昼食中に思い出したのが、鉄平石のこと。よく似ているのです。子供の頃、和風の家を新築する人は、玄関の内外のポーチに鉄平石を敷くことをステータスにしており、それが安山岩だとは広く知られていました。序でに、Wikipediaに当ってみると以下のとおり:

 「鉄平石は、長野県の諏訪地方・佐久地方に広く分布する輝石安山岩の板状節理がよく発達したもの。およそ2,500万年前の火山活動によって形成されていると推測されている。板状に剥がれやすい性質を持ち、2~3cm内外の厚さに剥離された鉄平石は、建築用の内装外装用石材として広く利用されている。」

 平塚市博物館の解説によると、「諏訪鉄平石は更新世の複輝石安山岩、佐久鉄平石は中新世の輝石安山岩で、佐久石は中新世後期の複輝石安山岩質溶結凝灰岩」だそうです。黒生と比較した場合、成分的に似ているのは諏訪鉄平石で、時代的に近いのは佐久鉄平石です。
 
 南極大陸が氷に覆われていなかった中生代、ジュラ紀の火山活動を代表する熔岩として有名な鉄平石ひとつ取っても、一筋縄では行かないことだけは分かりました。それに、Wikipediaの解説がチョット微妙なことも・・・
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