高神礫岩

開催中の 『めざせ!「銚子ジオパーク」 展』 と 高神愛宕山

◎RIMG0033 銚子市天王台の「地球の丸く見える丘展望館」で、7月20日~8月31日まで開かれている 「銚子ジオパーク推進市民の会」主催の、『めざせ!「銚子ジオパーク」 展』 を。7月21日、「屛風ヶ浦ジオツアー」の帰りに見て来ました。

 2階の入り口を入ると正面にモニターがあり、千葉TVの『熱血BO-
SOTV』
の録画DVDから、千葉科学大学の安藤准教授による、銚子の地層解説の部分を、備え付けのリモコンを操作して、表示することができます  (右1枚目写真) 。

◎RIMG0034 モニターの左側は、森田健作・千葉県知事の色紙で、 銚子のジオパーク推進活動にエールを送って頂きました (同じく、右1枚目写真) 。   

 会場には、この展示の開催以来、最初の土曜日ということもあり、多くの見学客が、首都圏の他県からも、お見えになりました。「市民の会」では、「銚子ジオパーク推進協議会」  の幟旗を立てて、解説スタッフがお客様をお迎えしました(左1枚目写真) 。

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  今回の展示では、千葉科学大学から、地質関係のパネル展示と、銚子の岩石標本の展示があり、銚子の地質遺産への理解を深めるのに役立ちます。 

 また、市民の会のスタッフが日頃から収集して来た、古代の化石を含む岩石標本や、現生の貝類標本は、今回の展示の目玉です。

 銚子半島の基盤を成す、ジュラ紀の付加体である、愛宕山層群には
「高神礫岩」があります。この中に含まれる石灰質の礫の中には、ペルム紀(約3億年前)に栄え、ペルム紀末(約2.51億年前)の「生物大絶滅」で滅亡したフズリナ(紡錘虫)の化石が大量に見出されます。

◎RIMG0043 今回展示のフズリナ(紡錘虫)化石は、地元在住のスタッフが、毎日のように海岸や岩場を歩いて礫を集め、磨き、千葉科学大学の先生に同定して頂いた、貴重なものです(右2枚目写真) 。   

 また、現生の、約320種に上る貝類の標本は、 スタッフの親子孫三代に亘る成果です。何れも、小学生時代に集め、地元の貝類研究家や千葉県立中央博物館の先生方に同定して頂いた、学術的にも貴重なものです (左2枚目写真) 。
 現生の貝の種類の多様性は、銚子沖で接する 黒潮 と親潮が、暖流系と寒流系の双方の種をもたらしたものでしょう。
泥岩中の琥珀11308Ed  太平洋に突き出た海辺の町・銚子の家族ならではの展示です。 
  貝の分類の詳細が分らない場合でも、美しいピンクの桜貝や大型のタイラギ、格好イイ(けれど少し怖い)ボウシュウボラ(房州産の法螺貝)には目を惹かれます。 

 銚子半島の東海岸では、ジュラ紀の岩盤の上に、白亜紀の浅海に堆積した、主に陸源性の堆積物が載っています。当時の植物が炭化した珪化木・石炭・泥岩などが、 波に浸蝕されて路頭した結果、 樹脂 の化石である「琥珀」が見つかることがあります(右3枚目写真)。大きくて立派な「銚子産琥珀」は、 銚子市青少年文化会館に展示されています。

◎RIMG0055 銚子の琥珀は、1億1千万年~1億年前の、日本最古のものです。たまに、ユスリカなどの昆虫が含まれた「虫入り琥珀」が見つかり、これらは、レバノン産に次いで、世界で2番目に古い「虫入り琥珀」、と同定されています。このうちの1つは、千葉県立中央博物館に展示されています。 
 今回展示の「2匹虫入り琥珀」は、それに匹敵するものです。地元愛好家が発見されたものを、特別に、ご好意で展示しています。    

 一番奥のコーナーは、銚子電鉄と「銚子ジオパーク推進協議会」とのコラボによる、「ジオ鉄」の展示です。
◎RIMG0050  今回の『めざせ!「銚子ジオパーク」 展』に先行する、6月16日~7月16日に開催されていた 『銚電からのメッセージ』で展示されていたものの一部を、 銚子電鉄の方々に残して頂き、長らく懸案となっていた協同企画=「ジオ鉄」が、ここに幕を開けました。 

 セピア色の写真の数々は、 昭和レトロの懐かしい銚子電鉄と、それが走る銚子の街並みを、巧みに切り取って、飽きることがありません。地元画家サイトウヒロミチ氏による、銚子電鉄とその沿線に題材を取った絵画も展示されています。
  銚子電鉄の可愛い車輌模型群も並んで、夏休みの子供達を惹き付けています(左3枚目写真と右4枚目写真) 。 
  
◎RIMG0064 皆様も、この盛り沢山な夏の企画展へ、是非、お越しください。

 地球展望館は、「高神愛宕山」の山頂にあるため、庭の殆どが斜面になっています。その斜面を上手く利用した庭園は、四季折々の花に彩られ、今は夏の花が盛りで、展望館の行き帰りに楽しむことができます(左4枚目写真)。

  また、展望館脇の標高73.62m「一等三角点」の奥には、愛宕山の名称の由来ともなっている「愛宕神社」の、石造の祠と玉垣があります (右5枚目写真) 。 TakagamiAtagoJinnjaEd
 外の道路から展望館へと続く坂道入り口の両脇に立つ、丈の高い石灯籠も、ここが神社であることを気付かせてくれ、山頂に祠があることを予告しています。 この石灯籠は「愛宕燈籠」と呼ばれ、火難除けの「愛宕信仰」の遺物です。

 江戸期には、村々に「愛宕講」があり、年に一度、火の神を祀る京都の「愛宕神社」へ代表がお参り(代参)して戸数分のお札(火廼要慎)を貰って帰り、各戸に配り、それを、カマド近くの柱に貼って、火の用心のお守りとしたそうです。
 かつて、 「愛宕灯籠」には、毎夜、灯明が灯されたということです。 
 展望館からの帰り際に、石灯籠を見上げていると、明るい夏の陽光のもとに、一瞬、ほの暗い歴史が、影帽子のように立ち上がって来ます。  

月例見学会第3回_犬岩・千騎ケ岩・愛宕山(その2)

 前項(2)と(6)では、付加体成立よりもはるか後世における正断層発生後の、波浪浸蝕や風化に弱い泥岩部分の欠落による、海食洞千騎ケ岩空洞の成立をご説明。今日は波が荒く、海食洞を覗き込むと、打ち寄せる波に足元を掬われそうでした。海食洞には、陸側から投棄されたゴミが溜まっており、清掃が課題となりました。

  千騎ケ岩を特徴づけて いた留鳥としてのウミウは、 道路工事で立ち去った模様で、今は渡り鳥しか確認できません。ウミウに限らず、今年は、全国的に留鳥が激減しているというメジャーな情報があり、「放射能のせいでは?」とも囁かれています。

 
  前項(4)と(5)では、ここからスタートし屏風ヶ浦の名洗漁港を越えて大谷津辺りまで続く、火砕流火山灰に由来する名洗層をご説明。北風を遮る崖下には、ヒゲスゲ(左下写真)が開花中、イソギクも新葉を展開しています。この何れも、黒潮で運ばれた暖流性植物で、銚子が北限です。

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 前項(9)では、海洋底の移動により、ジュラ紀(1.5億年前)に付加体が形成された際に、メランジュ状に破砕された海洋底由来の高神礫岩が、陸源性の硬砂岩泥岩内の随所に認められます。しかも、多くの高神礫岩中に、様々な形状のフズリナ(紡錘虫:ペルム期(古生代)の示準化石で約2.5億年前に絶滅)が認められます。
 また、高神礫岩中に含まれる花崗岩礫は、暗灰色の「角閃石黒雲母花崗閃緑岩」や白っぽいトーナル岩などから成り、磁鉄鉱を含み、K-Ar法で分析した結果、角閃石で2.7億年前、黒雲母で2.55億年前と判明しています。
 古生代の南半球に誕生した、日本列島を構成する部品としての地塊が、北半球の現在に近い位置まで、中生代に移動した様子に思いを馳せました。

 高神愛宕山の「地球が丸く見える展望館」の入り口左右には丈の高い「石灯籠」があり、建物左手には、「一等三角点」と、その奥に、石造の「愛宕神社」があります。明治25(1892)年設立の一等三角点「高神村」には 北緯 35°42’11”0300、東経140°51′24″4078、標高73.62mと表示されており、ここが銚子の中心。江戸期までは標高が80m以上あったという説があり、お客様と話に花が咲きました。

 今日は、雨雲が低く垂れ込め、展望館の屋上もお勧めではありませんでしたが、「日比友愛の碑」から見える水平線の向こう側には、フィリピンのマヨン火山(通称:ルソン富士)が、銚子との間に障害物もなく聳えているとのことです。今も噴煙を上げる活火山で、火砕流と溶岩流の繰り返しによって形成され、ほぼ完璧な円錐形をしていることから、“美しい”を意味する“マヨン”の名前が付けられ、かつて、日系人移民の間では、「富士山よりも美しい」と称えられた山容を持つそうです。
 戦火に散った日比両国の兵士や市民のことを、何時までも忘れないために、高神愛宕山の地が選ばれたのだそうです。

 お客様とガイドは、この碑の手前にあるアーチが、「3.11」や最近の震度5強の地震にもヒビ割れ一つないことに感心し、ジュラ紀の岩盤の硬さを称賛して、雨脚も強まる中、今日の観察会を終えました。

月例見学会第2回 ・ 犬吠埼(その2)

Guide2_DSCF3364_Resize 初め2回のガイドは、10名以上のお客様をご案内しました。その後は、三々五々お見えになるお客様の小グループに対応して、随時、1~3名のスタッフがガイドしました。今回は、お客様のご要望に応じて、20分~1時間30分の範囲内で、内容をアレンジしました。左写真は、ベテランガイドによる解説。
 内容は、前述の「簡易標識」の場所で、(1)~(8)の地質の成立状況を説明するほか、随時、犬吠埼の崖地に見られる植物群や、灯台+波高計+電波塔の説明などを付加しました。

 犬吠埼の地質は「犬吠埼層」と呼ばれ、主として、ストーム(嵐)で形成された「ハンモック状斜交層理」を形成する細粒の砂岩から成り、石英とカリ長石に富みます。堆積したのは、当時の「南中国地隗」に近い、東西方向に海岸線を持つ「亜熱帯の比較的浅い海」だとされています。因みに「亜熱帯」は、現代の気候に対応する地図でいえば「海南島」中部以北に相当します。

 犬吠埼層を含む「銚子層群」は、中生代の白亜紀前期のうち、前期バレミアン~後期アプチアンに属します。このうち、犬吠埼層は前期アプチアンに属します。銚子層群は、西南日本外帯の「秩父帯中帯」に属する関東山地で、ジュラ紀の岩を不整合に覆っている 山中(サンチュウ)地溝帯」の、白亜系の「石堂層(バレミアン)」・「瀬林(セバヤシ)(後期バレミアン~アプチアン)」の東方への延長とする説があります。銚子も関東山地も、テチス海由来の動物化石(アンモナイトなど)を多く産出します。「山中地溝帯」では恐竜の足跡も確認されています。
 銚子層群は、ジュラ紀の「愛宕山層群」の上に不整合で堆積しています。犬吠埼で地面を深く掘る工事をすると、「高神礫岩」と同様の化石を含むジュラ紀の石が出るのは、このためではないかと言われています。

 銚子半島を含む、やがて本州の部品になる地隗は、白亜紀前期(約1億3,000万年前)に、イザナギ・プレートの北上に伴う「横ずれ運動」により、南シナ海付近からほぼ現在の位置まで、約2,000km移動したと考えられています。銚子半島にとって、パンサラサ海(古太平洋)の海底を産みの母、超大陸ロディニアを実の父とすれば、南中国地隗やテチス海は育ての母、イザナギ・プレートは育ての父といったところでしょうか?
 また、銚子層群の地層は、白亜紀後期から、新生代・中新世の日本海が開く前後までに、水平圧縮された結果、背斜を成す多くの褶曲とそれらを切る断層によって変形を受けており、随所に、30°もの傾斜が見られます。 

 毎週土曜日の『大衆日報』に、安藤先生の連載記事が載るようになり、昨2月25日で第6回を迎えました。この記事をご覧になっての訪問者も増えました。特に最新回は、『堆積学の教科書・犬吠埼の堆積構造』という表題で、犬吠埼がタイムリーに特集されています。
 また今回の見学会では、関東の少し遠いエリアからの新しいお客様も増えました。特に、内陸県のお子様たちは、説明付きの磯遊びを楽しんでいる様子でした。
 昨日の大雨が過ぎ去って寒さがぶり返し、波浪注意報が出ていた犬吠埼の岩礁は、午後にはうねりを伴う3mの波に洗われ、午後2:30を回ると急速に潮が上げてきました。薄曇りの一日、鹿島灘からの6m/秒の北風にも負けず、100名の見学客が、銚子市内および首都圏から訪問されました。

 次回は春たけなわ、3/24(土)の『犬岩・月例見学会』への、皆様の一層の参加をお待ちしています。
 集合場所は、「犬岩前(犬若青年館わきを入り奥の広場)」です。

青空の下、「東海岸・岩礁地帯の見学会」(その1)

 昨日までとは打って変わって好天に恵まれた12月10日、『安藤先生の解説付き、東海岸・岩礁地帯の見学会』が開催されました。
 銚子ジオパーク市民の会のメンバーとご家族が参加、20余名が千葉科学大のバスに乗って、銚子半島の東海岸へ。コースは以下のとおり:

KurohaeTonbiiwa20111210  (1)夫婦ヶ鼻層、
 (2)黒生チャートの探索、
 (3)とんび岩周辺の海鹿島礫岩、
 (4)黒生漁港の古銅輝石安山岩、
 (5)長崎鼻で宝満島を望む、
 (6)長崎海岸の礫岩、
 (7)波止山を望む、
 (8)大谷津の犬吠層群、
 (9)愛宕山で高神礫岩の探索。


 圧巻は(2)の黒生チャートの再発見。全員で、高さ2m近い八丈芒の群落の中を、掻き分けつつ探索すること20分余り。地形に強いメンバーが、遂に、うっすらと青緑色に光る珪酸質の岩体を発見。メンバー達は感動して、シャッター音が続きます。
 (3)の海鹿島礫岩に含まれるチャートの中に、(2)とは異なる赤い礫を確認。

 (4)黒生漁港の突堤の先に、夫婦ヶ鼻層に噴出した古銅輝石安山岩の、「板状節理」を成す、ゴツゴツした黒い岩体が続きます。突堤伝いに、これらの岩の上に降りることができます。(4)の岩体は、同じ第三紀中新世とはいえ、(5)宝満島よりも後の時代、日本海の拡大期のものだそうです。黒生での火山活動は、余程激しいものだったように見えます。

 黒生チャートの上に建つと評判のペンションで、1時間の昼食タイム。ビーフカレーも食後のコーヒーも美味しくて、満足。

 古銅輝石安山岩からの連想で、昼食中に思い出したのが、鉄平石のこと。よく似ているのです。子供の頃、和風の家を新築する人は、玄関の内外のポーチに鉄平石を敷くことをステータスにしており、それが安山岩だとは広く知られていました。序でに、Wikipediaに当ってみると以下のとおり:

 「鉄平石は、長野県の諏訪地方・佐久地方に広く分布する輝石安山岩の板状節理がよく発達したもの。およそ2,500万年前の火山活動によって形成されていると推測されている。板状に剥がれやすい性質を持ち、2~3cm内外の厚さに剥離された鉄平石は、建築用の内装外装用石材として広く利用されている。」

 平塚市博物館の解説によると、「諏訪鉄平石は更新世の複輝石安山岩、佐久鉄平石は中新世の輝石安山岩で、佐久石は中新世後期の複輝石安山岩質溶結凝灰岩」だそうです。黒生と比較した場合、成分的に似ているのは諏訪鉄平石で、時代的に近いのは佐久鉄平石です。
 
 南極大陸が氷に覆われていなかった中生代、ジュラ紀の火山活動を代表する熔岩として有名な鉄平石ひとつ取っても、一筋縄では行かないことだけは分かりました。それに、Wikipediaの解説がチョット微妙なことも・・・
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